もし今夜、パートナーが救急車で運ばれたら。病院に駆けつけたあなたは、受付で「ご家族の方ですか」と聞かれて、なんと答えますか。
同性パートナーは、法律上の配偶者や親族と同じ地位が自動的に認められるわけではありません。だから、面会を断られた、病状を教えてもらえなかった、治療方針を話し合う場に入れてもらえなかった——そんな話が、残念ながらいまも聞こえてきます。ただ、先に結論を言うと、医療行為への同意は原則として患者本人が行うものであり、説明を受ける人や緊急時に意向を確認する相手を、戸籍上の家族だけに限る法律があるわけではありません。病院ごとの運用に差はありますが、本人の意思と関係を示す書類を備えておけば、いざというとき動ける範囲は大きく変わります。
パートナーシップ制度が全国に広がったいま、備える方法も具体的になってきました。この記事では、同意書と面会の本当のルール、つまずきやすい場面、そして今日からできる備えを、公的な資料にもとづいて順番に整理します。読み終わるころには、二人で今夜なにを話せばいいかが見えているはずです。
結論から。説明を受ける人や意思を確認する相手は、戸籍上の家族に限られません
手術や検査の前に書く同意書。医療行為に同意する権利は、原則として患者本人にあります。厚生労働省のサイトで公開されている身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン(2019年)も、身元保証人や成年後見人などの第三者に、医療行為への同意権限が当然に与えられるわけではないという考え方を示しています。
それでも多くの病院が家族の署名や関与を求めてきたのは、本人の意思を確認し、緊急時の連絡や入退院の手続きを進めるためです。ただし、家族が署名したからといって、本人に代わる法的な医療同意が常に成立するわけではありません。署名の意味や求められる人は、医療機関や治療内容、本人の状態によって異なります。
本人に意識がないときも、家族やパートナーが当然に「代わりに決める権利」を持つわけではありません。医療・ケアチームが、本人のそれまでの意思や価値観を確認し、本人をよく知る人から話を聞きながら方針を検討します。厚生労働省の人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドラインでは、この相手を「家族等」とし、親しい友人なども含むとしています。同性パートナーも、本人の意思を推定するための重要な関係者になり得ます。ただし、このガイドラインは主に人生の最終段階における意思決定を対象とするもので、パートナーに一律の代理権を与えるものではありません。
問題は、この考え方がすべての病院の窓口まで届いているとは限らないことです。だからこそ、つまずきやすい場面と備えをあらかじめ知っておく意味があります。
病院で同性パートナーがつまずきやすい4つの場面
東京都は医療機関向けに、性的マイノリティの患者やその家族が医療の場で直面しがちな困りごとをまとめた案内リーフレットを配布しています。そこに挙げられているのは、次の4つの場面です。どれも、当事者から実際に寄せられてきた声です。
面会・付き添いを断られる
「面会はご家族のみとさせていただいています」。ICUや手術後の病棟でよく聞く言葉です。関係を証明する手段がないまま押し問答になり、ガラス越しにも会えなかったという経験談は少なくありません。新型コロナの流行期には面会制限が全国で強まり、パートナーの入院先すら教えてもらえなかったという声もありました。当時の状況はパートナーシップ制度と病院の対応をまとめた記事でも書いています。
入院手続きの「続柄」欄で手が止まる
入院の書類には、身元引受人や緊急連絡先を書く欄があります。病院によっては「ご親族の方でお願いします」と言われ、何十年も疎遠な実家の親の名前を書くのか、隣に座っている人の名前を書けるのか、ペンを持ったまま迷うことになります。緊急連絡先にパートナーを指定できるかどうかは、その後のすべての連絡に関わってきます。
病状説明の席に入れてもらえない
個人情報の保護を理由に「ご親族以外にはお話しできません」と言われる場面です。診療情報を誰に伝えるかは、原則として本人の意思が尊重されます。本人が「この人にも説明してほしい」と明確に示しておけば、パートナーが説明に同席できる可能性は高まります。ただし、具体的な対応は本人の状態や治療内容、医療機関の運用によって異なります。裏を返せば、本人が意思を示せるうちに、説明を受けてほしい相手を伝えておくことが重要です。
手術の同意を求められるのは、会ったこともない親族
いちばん重い場面です。本人が意思を示せず、すぐに治療が必要になったとき、病院が連絡先として親族を探すことがあります。その結果、何年も会っていない親やきょうだいに連絡が行き、毎日隣で暮らしてきたパートナーが話し合いに加われないこともあります。しかし、本来確認すべきなのは、誰が法律上の親族かだけではなく、本人がどのような治療を望んでいたかです。パートナーは本人の意思や価値観をよく知る人として、医療・ケアチームによる方針の検討に重要な情報を提供できる立場になり得ます。
「家族しか認めない」は法律ではなく、変わりつつある運用です
ここまで読むと暗い気持ちになるかもしれませんが、現場の運用はこの10年で確実に動いてきました。制度の広がりと、病院側の変化を順に見ていきます。
パートナーシップ制度は全国560を超える自治体に
渋谷区と認定NPO法人虹色ダイバーシティによる全国パートナーシップ制度共同調査(2025年5月末時点)によると、制度を導入した自治体は全国で530にのぼり、人口カバー率は92.5%、登録件数は9,836件に達しました。その後も導入は続いていて、Marriage For All Japanの導入自治体データベースでは、2026年7月時点で560を超える自治体の導入が確認できます。2015年に渋谷区と世田谷区で始まった制度は、10年あまりで全国の多くの地域に広がったわけです。制度の仕組みや結婚との違いはパートナーシップ制度の解説記事にまとめています。
パートナーシップ制度を利用しても、法律婚と同じ身分関係や相続権などが生じるわけではありません。それでも、自治体が発行する受理証明書は、二人からパートナーシップ関係についての宣誓・届出があり、自治体がそれを受理したことを公的に示す書類です。病院の窓口で口頭だけで関係を説明する場合と、証明書を提示する場合とでは、関係性を確認してもらいやすさが変わることがあります。
東京都は医療機関に対応を直接呼びかけている
2022年11月に始まった東京都パートナーシップ宣誓制度では、宣誓・届出をした二人に受理証明書がオンラインで交付されます。都は先ほどの医療機関向けリーフレットで、証明書の提示を受けたら二人の意思を尊重して対応してほしいこと、相談内容を本人の了解なく第三者に伝えるアウティングを防いでほしいことを、医療機関に向けてはっきり要請しています。行政が病院に対応を求める。10年前にはなかった動きです。
同性パートナーを治療方針の確認相手として扱う病院も出てきた
病院側の変化はもっと具体的です。埼玉県総合リハビリテーションセンターは公式サイトで、パートナーが患者のキーパーソンと認められる場合、患者本人の同意を得たうえで、治療や手術に関する説明を行うとしています。また、患者本人の意思確認が困難な場合には、キーパーソンと認められたパートナーに病状等を伝え、治療や手術に関する同意にも対応すると明記しています。これは同センターの運用方針であり、すべての医療機関に共通するルールではありませんが、「戸籍上の家族に限る」以外の対応を明文化した例です。
今日からできる5つの備え
現状がわかったところで、備えの話に移ります。あなたのパートナーは、あなたが倒れたとき「治療方針をどうしますか」と聞かれて、迷わず答えられるでしょうか。備えとは書類をそろえることだけでなく、二人で話しておくことでもあります。手をつけやすい順に並べました。まず全体像を表で示します。
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備え |
費用の目安 |
どこで用意する |
効く場面 |
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パートナーシップ受理証明書 |
無料〜数百円 |
住んでいる自治体 |
面会・入院手続きで関係を示す |
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緊急連絡先カード |
ほぼかからない |
自分で作る |
救急搬送時にパートナーへ連絡してもらう |
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医療の意思表示書 |
ほぼかからない |
自分で作る(署名・日付入り) |
病状説明・治療方針の場面で本人の意思を示す |
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公正証書(合意契約・任意後見) |
数万円〜 |
公証役場 |
二人の合意内容や、将来委任する財産管理・生活上の事務を明確にする |
①パートナーシップ制度に登録し、受理証明書を持ち歩く
住んでいる自治体に制度があるなら、まず登録から始めます。発行された受理証明書やカードは、原本を保管しつつ、コピーやスマホで撮った画像もすぐ出せるようにしておくと、救急の場面で役立ちます。人口カバー率が9割を超えたいま、多くの人にとって「使える制度が地元にある」状態です。
②緊急連絡先カードを財布に入れる
意識を失って運ばれたとき、病院が最初に確認するのは持ち物です。財布や定期入れに、次の内容を書いたカードを入れておきます。
- 自分の氏名・生年月日
- 緊急連絡先の氏名と電話番号(続柄は「パートナー」と明記)
- かかりつけの病院、持病、アレルギー、服用中の薬
- パートナーシップ受理証明書の有無
手書きのメモでも構いません。「連絡してほしい人」が誰なのか、初対面の医療者に伝わることが目的です。
③医療の意思表示書で「この人に任せる」と書き残す
「私の治療についての説明はパートナーの◯◯にしてほしい。私が意思を示せないときは、これまで伝えてきた希望を医療・ケアチームに説明してほしい」。そう書いて署名と日付を入れた書面が、医療に関する意思表示書です。全国共通の決まった書式はなく、自分で作ることもできます。書面だけでパートナーに医療同意の代理権が生じるわけではありませんが、本人が誰を信頼し、どのような治療を望んでいたかを確認する重要な資料になります。二人分作って、お互いの分を持ち合い、できればかかりつけの医療機関とも共有しておきます。
④公正証書で、二人の合意や将来の委任内容を明確にする
公証役場で作る公正証書は、公証人が本人の意思や契約内容を確認して作成する公文書です。同性カップルでは、二人の関係や療養看護、生活費などについて定めるパートナーシップ合意契約や、将来、判断能力が低下したときに備えて、パートナーを任意後見受任者とする任意後見契約などが考えられます。
ただし、任意後見契約は、本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生じます。また、公正証書を作成しても、パートナーに医療行為への同意権が当然に生じるわけではありません。費用は契約の種類や内容によって異なるため、公証役場や司法書士、弁護士などに事前に確認してください。作る過程では財産や万一のときの話も避けて通れないので、同性パートナーの相続対策の記事も合わせて読んでみてください。
⑤元気なうちに、病院へ伝えておく
かかりつけの病院があるなら、診察の折に「キーパーソンはパートナーの◯◯さん」とカルテに残してもらえるか聞いてみてください。予定入院なら、手続きの窓口で先に伝えておくと、面会や病状説明の場面で話が早くなります。埼玉県総合リハビリテーションセンターのように方針を公表している病院なら、なおさら遠慮はいりません。
それでも断られたときの動き方
備えていても、窓口で止められることはあります。そのときの動き方を、本人の意識がある場合とない場合に分けておさえておきます。
本人が話せる状態なら、最短ルートは本人の口から伝えることです。診療情報の扱いも病状説明も、本人の同意が原則です。看護師や主治医に「説明はこの人と一緒に聞きたい」「面会に来るのはこの人です」と直接伝えれば、多くの場面はそれで通ります。入院が決まった時点で、先に言っておくのがコツです。
本人が意思を示せない状態なら、受理証明書・意思表示書・公正証書といった書類を示し、本人から説明を受ける相手として指定されていることや、本人の生活状況、価値観、これまでに聞いていた治療上の希望を具体的に説明します。窓口で埒が明かないときは、院内の患者相談窓口(医療相談室や地域医療連携室など)に相談します。院外では、都道府県や保健所を置く市区に設置されている医療安全支援センターが、患者や家族等からの医療に関する相談を受け付けています。
相談の過程で、自分やパートナーのセクシュアリティが望まない形で広まらないか、不安になる人もいるはずです。性のあり方は、本人の了解なく、治療や支援に関係のない人へむやみに伝えるべき情報ではありません。東京都も医療機関にアウティングの防止を求めています。「この情報は治療や支援に必要な範囲で取り扱ってください」と伝え、誰にどこまで共有されるのかを確認して構いません。
「家族です」と答えるために、いまできること
冒頭の問いに戻ります。「ご家族の方ですか」。この問いに胸を張って「はい、家族です」と答えるために要るのは、勇気だけではなく、それを裏づける紙です。受理証明書、緊急連絡先カード、意思表示書。どれも今週末に二人で話せば作り始められるものばかりです。何もない日に用意した一枚が、いちばん苦しい日のあなたたちを守ります。
入院への備えは、二人の暮らし全体の備えの一部でもあります。住まいをどう整えるか、名義をどうするか、万一のとき家をどう残すか。IRISでは同性カップルが使える住宅ローンの記事のように、住まいとお金の情報も発信しています。LGBTQフレンドリーな物件探しや購入の相談もできますから、暮らしの土台づくりの一歩として、気軽に声をかけてください。






