厚生労働省の調査によると、トランスジェンダーの約8割が職場でカミングアウトしていないというデータがあります。職場でのカミングアウトをしない理由は、LGBTQ+であることが仕事に関係ない」「当事者への差別や偏見がまだあると感じている」など、さまざまです。
『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで』vol.13では、トランスジェンダー女性である齋藤亜美さんをゲストに迎え、自身のカミングアウトにまつわる経験を伺いました。
参考:厚生労働省委託事業「職場におけるダイバーシティ推進事業報告書」
「自分の“普通”を生きる」
ー最初のカミングアウトはいつでしたか。
社会人3年目くらいですね。最初にトランスジェンダーであることを伝えたのは、会社の同僚だった気がします。
ーカミングアウトするまではどのように過ごしていたのでしょうか。
仕事中は常にトランスのことが頭の片隅にありました。転職を考えていた時は、職場ではクローゼットでしたが、転職先では女性として働こうと決めていたので、仕事が終わったらメンズスーツからレディーススーツに着替えてメイクをして面接に行くという生活をしていました。
あとは、話し方も変える必要がありました。例えば、男性がよく使う「腹減ったから飯食いに行こうぜ」といった言葉を、女性としては「ご飯食べたいね、お腹すいた」と意識的に変えていました。逆に、男性モードの時に女性的な言葉が出ないように気をつけることも大変だったかな。
人それぞれなので、そこまで気にしなくても良いのかもしれませんが、私は違和感なく女性として生活したかったので、そのための練習をしていました。当時は二重生活をしているような感じでした。
ーカミングアウトしようと考えたきっかけはありますか。
それまではトランスである自覚はありましたが、それを隠して男性として生きていった方が良いのではないかと考えていました。当時、彼女がいたこともあり、結婚して子供を作り、親孝行することが幸せを手に入れる道だと思っていました。
しかし、社会人3年目になってカミングアウトする決意をしました。私の部屋にメイク道具があることが彼女にバレたことがことの始まりです。最初は浮気を疑われましたが、その後、彼女から「もしかして、そういう趣味なの?」と聞かれたんです。私は「どうせ無理だから」と拒絶し続けたのですが、彼女はずっと諦めずにいてくれたので、「一緒にいてもいいのかも」と思うようになりました。
ですが、ある日の喧嘩で彼女に「普通だったらよかったのに」と言われてしまいました。私は傷ついたと同時に、「彼女の言う普通と私の普通は違う」と強く感じ、「マジョリティと違っても、自分の普通を生きよう」と決心しました。それが、カミングアウトを決意した大きな出来事です。
ー当時の心境を詳しく聞かせてください。
その言葉に対するショックと、それを乗り越えて頑張ろうという気持ちが入り混じっていました。カミングアウトしたいというよりも、受け入れてくれる人を見つけたかったという感じ。
同僚や上司へのカミングアウト
ーカミングアウトしたらまた同じことを言われるかもという恐怖心はなかったのでしょうか。
その時は見た目が男性だったので、トランス女性であることを信じてもらえない可能性があると思い、カミングアウトするかどうか悩みました。ですが、同期で一番仲の良かった男性の同僚とその彼女さんには伝えても良いかもと思っていました。その理由は、彼女さんが趣味でコスプレなどをすることを知っていたので、そこまで驚かないのかもと感じていたからです。
いざ、2人に話すとなると、本当に心臓がバクバクしていました。その時のメンタルはあまり良くなかったので特別に場を設ける余裕もなく、「今から話したいことがある」と言って、すぐに電話をかけたと思います。
彼女さんは「そうなんですね」と言ってくれて、同僚も「齋藤さんは齋藤さんだし」という感じで、受け入れてくれました。その時は自分が話すことで精一杯だったので、相手の反応をどう受け止めたかまではあまり覚えていません。
ーその後は、カミングアウトする人は増えていきましたか。
そうですね。会社で仲良くしていた他の人たちにも少しずつカミングアウトしていきました。その後は大学の友達にも話しましたが、高校時代の友達には伝えていません。カミングアウトしたのは会社の人と大学の友達くらいです。
ーその中でも印象的なエピソードがあれば教えてください。
人間関係が少しずつ変わっていきました。良い意味で真剣に考えてくれているという感じ。例えば、私がお世話になっていた年上の男性上司は、私がトランスジェンダーであることや、トランスしたいという気持ちを理解しようとしてくれました。
だからこそ、トランスジェンダーだからといって特別扱いするのではなく、普通の人間として接することが大切だと考えていたそうです。困ることももちろんあるけれど、過度に手を差し伸べたり、同情しすぎたりするのも違うという考え方を持っていたのだと思います。ただ、当時の私の精神状態を考えると、手を差し伸べてくれた方が嬉しかったなと思います。
ホモソーシャルなコミュニケーションへの影響
ーカミングアウトの反応は人によって違いましたか。
全然違います。女性にカミングアウトすると、共通の話題ができることでむしろ距離が近くなった感じがします。一方で、男性へのカミングアウトは少し複雑でした。私がトランスしていく過程を見ていた人と、一気に変わった姿を見た人では反応が違うからです。
久しぶりに会った男性たちは「ウェーイ」みたいに明るく接してくれましたが、トランスしていく過程を一緒に見ていた人たちは戸惑いがあったのかなと。例えば、男友達同士の下ネタや彼女の話など、いわゆる男ならではのホモソーシャルなコミュニケーションで戸惑っていたようです。それまでは普通に男友達として接していたのが、一気にトランスジェンダーとしての扱いになり、何を話していいのか探り探りになっていました。
ー何を話していいかわからない人がいると。
ただ、シスジェンダーの女性でも下ネタにオープンな人もいれば、そうでない人もいるように、男性にもオープンな人、クローズドな人がいます。結局のところ、個々の違いがあるということです。私自身は変わっていないけれど、男性から女性へと見た目が変わっていく過程で、周囲がその変化をどう受け入れるかで悩んでいた感じですね。
ーカミングアウトした時、どういったところに配慮してほしいなどはありますか。
まず、私のことを理解しようとしてくれるのは嬉しいです。なので、私の場合は変に気を遣わずにどんどん正直に言ってほしいです。例えば、トランスジェンダー当事者の中には「全然女の子に見えるよ」と言われることがありますが、本当はそう見えていないのに言われると逆に傷つくことがあります。
なので、親しい友達なら「ここはこうした方がいいんじゃない?」といった建設的な意見を言ってほしいんです。多分、多くの人は気を遣ってしまうと思いますが、できるだけ正直に言ってくれる方が、本当の意味で優しいのではないかと思います。これもその人のメンタル状態によって違うので、私個人の意見ですが。
相手の考えを知ってからカミングアウトする
ーフルオープンにしてからの生活は変わりましたか。
今は全然違いますね。手術も終わっているので、生活がとてもスムーズになりました。以前はフルオープンで自分がどう見えるかを気にしていましたが、今はそれが必要なくなり、女性として生きていけるという実感も得られています。自己肯定感も高く保てていると思います。仕事に関しても、トランスであることで生じる悩みがなくなったのが本当に嬉しいです。
ーカミングアウトするかどうかで悩んでいる人に向けてメッセージをお願いします。
私自身、日常会話で固定観念や保守的な考えの人にはあまり話さないようにしています。例えば、年上の男性が「女性は仕事を辞めて結婚して子供を産むものだ」と言っていたら、私は「あの人はちょっと違うな」と感じます。
子供を産まない選択をする人もいれば、体の問題で産めない人もいるし、子供を産んでからも仕事を続ける人もいます。なので、時代錯誤の考えを持つ人に対しては、あまり反応する必要はありません。相手の考えを知るために、トランスやLGBTQ+にまつわるニュースの感想を聞いてみたり、そういうワードを使ってみて反応を探ってみたりするのも良いと思います。