性別適合手術や、その前後に行う診察・ホルモン療法には、まとまった費用がかかることがあります。金額は手術の内容、医療機関、入院期間、保険適用の可否などによって大きく異なり、自由診療となれば、貯金を大きく崩す出費になることもあります。
ここで確認しておきたいのが、確定申告の医療費控除です。1年間に支払った医療費のうち一定額を超えた部分を所得から差し引くことができ、すでに納めた所得税がある場合は、税金が還付されることがあります。性別適合手術やホルモン療法の費用も、医師による治療として行われたものなど、一定の要件を満たせば対象になり得ます。手術などで医療費が大きくなった年には、所得税の還付や翌年度の住民税の軽減が、決して小さくないこともあります。申告には、領収書などをもとに医療費を集計し、「医療費控除の明細書」を作成する必要があります。
この記事では、何が控除の対象になり得るのか、実際にどの程度の税負担軽減が見込めるのか、確定申告はどう進めるのかを、順番に説明します。あわせて、同性パートナーの医療費を合算できるのかという、当事者ならではの疑問にも答えます。
保険適用には条件があるため、医療費控除も確認しておきたい
そもそも、なぜ手術のお金がここまで重くなることがあるのでしょうか。理由の一つは、性別適合医療のすべてに健康保険が使えるわけではなく、自由診療となるケースがあるからです。
2018年4月、性別適合手術や乳房切除などの一部の手術療法について、一定の要件のもとで健康保険が使えるようになりました。ただし、どの医療機関・治療でも適用されるわけではありません。学会のガイドラインに沿った診断・治療が行われ、厚生労働省の施設基準を満たす医療機関で実施されることなどが必要です。
一方、性別不合・性別違和に対するホルモン療法は、性別適合手術と同じ枠組みでは保険収載されていません。保険診療と保険外診療を一連の治療として組み合わせる場合には、保険外併用療養費制度の対象となる場合を除き、原則として全体が自由診療として扱われることがあります。ただし、過去にホルモン療法を受けたことがあるだけで、すべての手術が必ず保険適用外になると一律に決まるわけではありません。保険適用の可否は、治療内容、時期、医療機関の判断などによって異なるため、手術を受ける医療機関へ事前に確認する必要があります。ホルモン治療がなぜ保険の対象外に置かれているのかは、なぜトランスジェンダーのホルモン治療は保険適用外なの?で掘り下げています。
保険適用の対象となる手術や施設が限定されていること、自由診療のホルモン療法との関係などから、保険を利用できないケースもあります。手術費用そのものの相場や、保険適用を受けられる条件は、性別適合手術 日本で受ける方法|MTF・FTM別費用と保険適用条件で詳しく整理しています。
自由診療として支払った費用には、高額療養費制度は適用されません。手術を控えた当事者が、費用の準備や在職中の治療とどう向き合ったかは、1ヶ月後に性適合手術を控えるMtF当事者へのインタビューでも語られています。健康保険による負担軽減が利用できないときは、医療費控除の対象になるかも確認しておくことが大切です。
医療費控除の対象になるもの、ならないもの
医療費控除は、その年の1月1日から12月31日までに実際に支払った医療費が、一定額を超えた場合に利用できます。ただし、性別適合に関わる費用であれば、すべて無条件に対象になるわけではありません。医師による診療・治療の対価であるか、治療に必要な医薬品の購入費であるか、美容や容姿の改善を主な目的とするものではないかなどによって判断されます。
医師の診断に基づいて行われる性別適合手術、乳房切除術、性別違和などの診断・経過観察のための精神科や心療内科の受診、治療として処方された薬の費用は、医療費控除の対象になり得ます。保険が使えず自費で支払ったホルモン療法も、医師による治療として行われたものであれば、対象になり得ます。ただし、具体的な治療内容や支出の目的によって判断が分かれる可能性があるため、領収書、診療明細書、処方内容などを保管しておくことが重要です。
個人輸入したホルモン剤については、個人輸入であるというだけで一律に対象または対象外になるとはいえません。治療または療養に必要な医薬品の購入費に当たるか、医師の診療や指示との関係を説明できるか、金額が一般的な水準を著しく超えていないかなどによって判断されます。自己判断による服用には健康上の危険もあるため、税務上の取扱いは税務署へ、治療については医師へ確認してください。
海外で受けた手術の費用も、医師による治療の対価に当たり、一般的な水準を著しく超えない部分であれば、対象になり得ます。ただし、渡航費や宿泊費まで当然にすべて対象になるわけではありません。国内では治療できないなど、遠隔地で治療を受ける相当の理由があるかどうかも含めて判断されます。また、外国通貨で支払った費用は、支払時の為替相場などによって円換算して申告します。
見落としやすいのが、通院にかかる交通費です。電車やバスなど、通常必要な公共交通機関を使って通院した費用は対象になります。一人での通院が困難で、患者の年齢や病状などから付き添いが必要な場合には、付き添う人の交通費も対象になることがあります。
一方で、対象外となるものもあります。生命保険の給付金請求や、勤務先への提出のために作成した診断書の費用は、一般に治療そのものの対価ではないため、対象外です。ただし、別の医療機関で治療を受けるために必要な診療情報提供書の自己負担額は、医療費控除の対象になります(出典:東京国税局「診療情報提供料の自己負担額の医療費控除の取扱いについて」)。
また、公共交通機関を利用できる状況で使ったタクシー代、自家用車のガソリン代や駐車場代、容姿を美化することを主な目的とした施術は、原則として対象外です。健康診断の費用も原則として対象外ですが、健康診断によって重大な疾病が発見され、引き続きその疾病の治療を受けた場合には、健康診断の費用も対象になることがあります。どこまでが「治療」に当たるかは、国税庁の医療費控除の対象となる医療費が判断のよりどころになります。
| 費目 | 医療費控除 |
|---|---|
| 医師の診断・治療として行われる性別適合手術・乳房切除術 | 対象になり得る |
| 医師による自費のホルモン療法 | 対象になり得る |
| 個人輸入したホルモン剤 | 一律に判断できない。治療上の必要性などを個別に確認 |
| 精神科・心療内科の受診料、治療のための薬代 | 対象になり得る |
| 海外で受けた手術費 | 治療目的などの要件を満たせば対象になり得る |
| 通常必要な通院の電車・バス代 | 対象 |
| 治療上必要な付き添い人の交通費 | 対象になる場合がある |
| 紹介状(診療情報提供書)の自己負担額 | 対象 |
| 生命保険請求・休職手続きなどのための診断書代 | 原則対象外 |
| 公共交通機関を利用できる場合のタクシー代 | 原則対象外 |
| 自家用車のガソリン代・駐車場代 | 対象外 |
| 美容を主な目的とする施術 | 対象外 |
| 健康診断 | 原則対象外。ただし、その後の治療につながった場合などは対象になることがある |
いくら戻るのか——計算のしくみと具体例
税負担の軽減額は、二段階で考えます。まず、その年に支払った医療費から、生命保険の入院給付金や健康保険の給付など、医療費を補てんする金額を差し引きます。そこからさらに10万円を差し引いた金額が、医療費控除額です。ただし、その年の総所得金額等が200万円未満の場合は、10万円ではなく、総所得金額等の5%を差し引きます。医療費控除額の上限は200万円です。
医療費控除は、支払った医療費がそのまま返ってくる制度ではありません。算出した医療費控除額を所得から差し引き、その結果として所得税や住民税が軽くなる制度です。所得税の軽減額は、課税所得に適用される税率によって変わります。所得税には5%から45%までの累進税率があり、所得税額には原則として復興特別所得税も加算されます。翌年度の個人住民税についても、一般に医療費控除額の約10%に相当する税負担が軽くなりますが、所得や自治体の計算、ほかの控除などによって実際の金額は異なります。
たとえば、手術費などとして150万円を自費で支払い、保険金などによる補てんがなく、差し引く基準額が10万円の場合、医療費控除額は140万円です。医療費控除適用前の課税所得を仮定すると、税負担の軽減額はおおよそ次のようになります。
| 医療費控除適用前の課税所得 | 所得税・復興特別所得税の軽減概算 | 住民税の軽減概算 | 合計の軽減目安 |
|---|---|---|---|
| 180万円 | 約7.1万円 | 約14万円 | 約21.1万円 |
| 300万円 | 約12.5万円 | 約14万円 | 約26.5万円 |
| 500万円 | 約28.6万円 | 約14万円 | 約42.6万円 |
この表は、医療費控除以外の条件を単純化した概算です。所得税は累進税率なので、控除後の課税所得が税率区分の境目をまたぐ場合、控除額の全額に同じ税率を掛けることはできません。また、もともと納めている所得税が少ない、またはない場合には、表の金額どおりの所得税還付を受けられないことがあります。自分の所得税率は、国税庁の所得税の税率で確認できます。
なお、市販薬が中心の年には、セルフメディケーション税制という別の制度を利用できる場合があります。ただし、通常の医療費控除とは併用できず、どちらか一方を選びます。手術やホルモン療法などで通常の医療費が大きくなる年は、通常の医療費控除の方が有利になることが多いものの、実際の支出額を比較して判断してください。
確定申告のやり方
医療費控除は、勤務先の年末調整では処理されません。会社員でも、医療費控除を利用するには、自分で所得税の確定申告または還付申告を行う必要があります。
用意するもの
手元にそろえておくものは、次のとおりです。
- その年に支払った医療費の領収書、診療明細書など
- 通院交通費の利用日、区間、金額を記録したメモ
- 保険金や給付金など、医療費を補てんする金額が分かる書類
- 会社員なら源泉徴収票の内容
- マイナンバーが分かるもの
- 還付金を受け取る本人名義の口座
現在は、原則として領収書そのものを確定申告書に添付する必要はありません。領収書などをもとに「医療費控除の明細書」を作成して添付します。ただし、医療費通知の記載内容をそのまま利用した部分などを除き、領収書は確定申告期限等から5年間、自宅で保管する必要があります。税務署から求められた場合には、提示または提出できるようにしておきます。
申告の手順
実際の流れは、次のとおりです。
- 1年分の医療費と、保険金などで補てんされた金額を集計し、「医療費控除の明細書」を作る。マイナポータルと連携すれば、連携対象となる医療費通知情報を取り込めます。自由診療の手術・ホルモン療法や、取り込まれていない交通費などは、自分で入力します。
- 確定申告書に控除額を反映させる。国税庁の確定申告書等作成コーナーを使うと、入力した金額から控除額や税額が計算されます。
- e-Taxで送信するか、申告書を印刷して郵送または税務署へ提出する。
- 申告内容に問題がなければ、還付金が指定口座に振り込まれる。国税庁は、e-Taxによる還付申告ではおおむね3週間程度、書面提出ではおおむね1か月から1か月半程度を目安として案内していますが、申告時期や審査内容によって長くなることがあります。
確定申告をする義務がなく、医療費控除による還付を受けるために申告する人の「還付申告」は、原則として医療費を支払った年の翌年1月1日から5年間提出できます。数年前に手術を受けて、その年の確定申告をしていなかった人も、まだ間に合う可能性があります。
一方、すでにその年分の確定申告書を提出している場合は、新たに還付申告を出すのではなく、「更正の請求」が必要です。また、自営業者など確定申告義務がある人には、通常の申告期限が適用されます。状況によって手続きが異なるため、必要書類や書き方は、国税庁の医療費を支払ったとき(医療費控除)で確認してください。
同性パートナーの医療費は、合算できる?
ここは、当事者から実際によく聞かれるところです。法律上の夫婦や親族の場合、医療費控除は、申告する本人が自分のために支払った医療費だけでなく、「生計を一にする配偶者その他の親族」のために実際に支払った医療費も対象になります。
たとえば、法律上の夫婦が生計を一にしており、一方がもう一方の医療費を実際に負担した場合には、支払った人が自分の医療費控除として申告できます。ただし、単に所得が高い人へ自由に付け替えられるわけではなく、原則として、その医療費を実際に支払った人が控除を受けます。
同じ家に住み、同じ家計で暮らし、パートナーの手術費を一方が支払った場合はどうでしょうか。医療費控除の条文上、対象となるのは、自己または自己と生計を一にする「配偶者その他の親族」に係る医療費です。所得税法上の配偶者は、原則として民法上の婚姻が成立している配偶者を指し、事実婚の相手は含まれません。現行制度では同性パートナーも、法律上の配偶者または親族には当たらないため、パートナーシップ証明書があっても、相手の医療費を自分の医療費控除へ合算することはできないと考えられます。
そのため、同性カップルの場合、法律上の夫婦のように、二人分の医療費を一方へまとめて申告する方法は利用できません。それぞれが自分のために支払った医療費について、自分の申告で医療費控除を受けるのが基本です。どちらが実際に費用を支払ったかが不明確な場合や、多額の資金移動を伴う場合は、医療費控除だけでなく贈与税など別の論点が生じる可能性もあるため、税務署または税理士へ確認してください。
医療費控除にかぎらず、パートナー同士のお金や資産は、法律婚の夫婦とは違う備えが必要になることがあります。二人で住まいを持ったあとの相続対策は、同性パートナーと相続~LGBTsが住宅を購入したあとの対策~で具体的に解説しています。
手術を「する・しない」も、お金も、自分で選ぶために
2023年10月、最高裁判所大法廷は、戸籍上の性別変更の要件のうち、「生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を求める性同一性障害者特例法3条1項4号について、憲法13条に違反し無効であると判断しました。これは、生殖能力を失わせる手術などを性別変更のために事実上求めてきた要件を違憲としたものです。
ただし、この決定によって、性別変更に関するすべての要件や、身体に関係する要件が一度に撤廃されたわけではありません。最高裁は、身体の外観に関する同項5号の要件については判断を確定させず、審理を高等裁判所へ差し戻しました。したがって、「戸籍上の性別を変更するための手術要件がすべてなくなった」と説明するのは正確ではありません。
それでも、戸籍変更のためではなく、自分の身体について感じる違和感を和らげることなどを目的に、手術やホルモン療法を選ぶ人はいます。手術を受けるかどうかは、一人ひとりが医師と相談しながら決めるものです。そのとき、お金の重さによって選択肢が不必要に狭まらないよう、利用できる制度は確認しておくことが大切です。
医療費控除は、申告しなければ適用されません。一方で、支払った医療費や所得、納税額によっては、所得税の還付や住民税の軽減につながることがあります。過去の手術についても、手続きの期限内であれば申告または更正の請求ができる可能性があります。手術の前後は、名前や戸籍の手続きも重なって慌ただしくなりますが、改名の進め方はトランスジェンダーの人が改名するにはにまとめています。医療費の領収書や診療明細書、交通費の記録は捨てずに保管しておいてください。






